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東京地方裁判所 昭和31年(行)105号 判決 1958年6月11日

原告 安島旭吉

被告 国

訴訟代理人 鰍沢健三 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告は原告に対し被告が抹消した特許番号第七八〇六六号表装用布製造法の特許権(昭和三年九月六日登録)および特許番号第八六九二四号表装用布製造法の追加特許(昭和五年五月三十日登録)の各登録の回復手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は原告の発明にかかる「表装用布製造法」について昭和二年十月十二日特許庁長官に対し特許を出願したところ、翌昭和三年五月十八日出願公告、同年七月二十八日特許査定の各手続を経て同年九月六日特許権(特許番号第七八〇六六号。以下本件特許権という。)の登録がなされた。次いで原告は昭和三年四月二十五日特許庁長官に対し右「表装用布製造法」について追加特許を出願したところ、翌昭和四年十月三十一日出願公告、昭和五年一月二十一日特許査定の各手続を経て同年五月三十日追加特許(特許番号第八六九二四号。以下本件追加特許という)の登録がなされた。

二、原告は昭和十七年五月頃通商産業大臣に対し延長期間を十年として本件特許権および追加特許の存続期間延長を出願したが何らの決定がなされないでいたところ、被告国の機関である特許庁長官は本件特許権および追加特許はいずれも昭和十八年五月十八日の経過とともにその存続期間が満了したとして、右各登録を抹消したが、右は特許庁長官が故意に期間の満了をまつて抹消した違法なものであり、このことは次のような事実によつて明らかである。

(一)  本件特許権の登録がなされた後、訴外坂部三次はその発明にかかるものとして「トレーシングクロス製造法」について特許を出願したところ、特許庁長官は右製造法が、当時原告においてすでに特許権を得ていた前記「表装用布製造法」における製造工程の一部を利用したもので、新規の発明とはいえないのであるから当然これが出願を拒絶せねばならないのにかかわらず、これを認容する査定をし、昭和四年十二月二十三日にその登録(特許番号第八四六五六号)をした。尚、右特許権は昭和九年六月十日に訴外日本クロス工業株式会社に譲渡され、同日その旨の登録がなされた。

(二)  原告が提起した原告と訴外生田茂ほか九名(右日本クロス工業株式会社もその一名である)との間における東京地方裁判所昭和十三年(ワ)第一、二六〇号特許権侵害ならびに損害賠償請求事件において、特許庁長官は、同長官が坂部三次に対してなした「トレーシングクロス製造法」の特許査定を維持し、原告の得た本件特許権の登録を故意に抹消するために、虚偽の鑑定をなさしめて原告を敗訴させた。すなわち、特許庁長官は右訴訟における鑑定人近藤一緒(当時特許庁の審査官で、抗告審判長であり、特許庁長官の部下であつた)、同菱山衝平(当時蔵前工業学校教授で、前記訴訟において生田茂とともに共同被告となつた者のうちの一人で生田と共謀して本件特許権の侵害をした訴外伊藤一郎の恩師である。)および同秋元不二三(当時弁理士であつた。)に対し虚偽の鑑定をするよう教唆し、これに基き同人ら三名が共謀して虚偽の鑑定をした。すなわち、日本クロス工業株式会社がその特許権を譲り受けたトレーシングクロス製造法というのは本件特許権の内容である塗布、圧搾および乾燥の三工程を同時に行う方法をとりいれたのであつて、右製造法は右三工程を使用しなければなりたたないものであるにかかわらず、右鑑定人ら三名は、右製造法が本件特許権における右三工程の原理を使用することによつて侵害していると認めながら、右会社は右製造法によつて作業を行つているのではないから、結局、右会社および生田茂らの行為は本件特許権を侵害してはいないのだという虚偽の鑑定をしている。

(三)  本件特許権は当然その存続期間の延長が許されるべき性質のものであるのに特許庁長官は前記のように故意に本件特許権とてい触する特許権を坂部三次に、後に日本クロス工業株式会社に対し認容したうえこれを存続させるため本件特許権を抹消しようと考えていた。

三、右のように、本件特許権はその存続期間が延長されるべきであるのにかかわらず特許庁長官において故意にその期間満了をまつて抹消したのであるから、本件特許権および追加特許の登録の抹消は無効である。そして、一般には特許権の存続期間を延長するかどうかは行政庁の権限に属することではあるけれども、右二、に述べたような事実が存在する本件においては本件特許権にしたがつて追加特許の存続期間は当然延長されるべきであるところ、前記のように原告は昭和十七年五月頃通商産業大臣に対し延長期間を十年として出願し、さらに昭和二十七年にも延長期間を十年として出願しているので、原告は現に本件特許権者である。

四、なお、原告は昭和三十年十月二十二日特許庁長官に対し原告の発明にかかるものとして「裏打織布の製造方法」について特許を出願(出願番号三十年三〇五四五号)したところ、昭和三十二年五月十三日拒絶査定の通知をうけたがその理由は、本件特許権と権利範囲がてい触するというにある。してみると、特許庁長官は現在本件特許権および追加特許が有効に存続しているということをみずから認めているということができる。

五、よつて、特許庁長官により抹消された本件特許権および追加特許の登録の回復を求めるため、被告に対し前記のような判決を求める。

右のように述べ、被告の主張に対し次のように述べた。

本件特許権および追加特許が登録原簿上被告主張の三名の共有となつていることは認めるが、其の特許権者は原告である。また、原告が被告主張の日本件特許権の存続期間延長申請書を特許庁に提出したところ、いずれも被告主張の理由によつて全部原告に返戻されたことは認めるが、その余の主張は争う。本件特許権存続期間の延長申請は次のとおり適法になされたというべきである。

(一)  特許庁長官は故意に原告のした延長申請を受理しないで申請書類を原告に返戻したのである。すなわち本件特許権は原告と沢田徳次、井坂政治らとの各三分の一をその持分とする共有となつているのみならず、前記虚偽の鑑定の結果原告が前記訴訟において敗訴し訴訟費用を負担せしめられたため勝訴した生田茂が右訴訟費用支払請求権を債権として本件特許権の原告の持分権を差し押えていたので、存続期間の延長申請は原告と持分権者と差押権者との連名でしなければならなかつたところ、右生田、沢田らは特許庁長官と共謀して本件特許権の登録を抹消しようと図り、原告の存続期間の延長申請に同意をしなかつた。それであるから、原告は単独で右申請をしなければならなかつたし、単独でしたのである。したがつて、原告が提出した申請書には被告主張のように印紙が貼付されてはいなかつたが、かりに貼付したとしても右生田、沢田らの同意が得られようはずはなかつたから右のような事情が存在する本件においては本件特許権の延長申請は適法になされたというべきである。

(二)  右のように特許庁長官は右生田、沢田らと共謀して原告が連名で存続期間の延長申請をすることを妨げたのであるから、特許登録令第九条の規定の趣旨にかんがみて、被告は原告に対し右延長申請がなかつたと主張することは許されない。

被告指定代理人は、本案前の答弁として、「本件訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、原告は本件訴において本件特許権および追加特許につき回復登録手続をすることを求めているが、特許原簿えの登録ということは特許権の存在を公に証明することを目的とする行政行為であり、裁判所はそのような行政行為をすることを国または行政庁に命ずる旨の裁判をする権能はないから、本件訴は裁判権のな事項について裁判を求めることになり、不適法である、と述べ、

本案につき、主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張事実中

一は認める。ただし本件特許権および追加特許は原告、訴外沢田徳次および訴外井坂政治らの共有となつている。

二のうち本件特許権および追加特許の存続期間が昭和十八年五月十八日満了したことによる右の登録の抹消がなされたこと、坂部三次の出願にかかる「トレーヂングクロス製造法」について原告主張の日、その主張の番号をもつて特許権の登録がなされ、ついで右特許権が原告主張の日、日本クロス工業株式会社に譲渡されてその旨の登録がなされたこと、原告が提起した原告と生田茂ほか八名との間の原告主張の訴訟において原告主張の者らが鑑定人に選任され、生田茂らの行為は本件特許権を侵害してはいない旨の鑑定をしたことおよび当時近藤一緒が特許局の職員であり、秋元不二三が弁理士であつたことはいずれも認めるが、菱山衝平と生田茂、伊藤一郎らとの関係は知らない。その余は否認する。

三は否認する。後記のように原告からは存続期間延長の申請はなかつた。

四のうち原告主張の日、その主張のような特許出願があり、その主張の日拒絶査定があつたことは認めるが、その余は否認する拒絶査定の理由は、原告の出願にかかる「裏打織布の製造方法」はすでに本件特許権として存在したから公知のものであり、特許法にいう新規の発明ではないというのである。

二、原告は、現在本件特許権者ではない。すなわち、原告は本件特許権および追加特許につき昭和十七年五月頃と昭和二十七年とに存続期間を十年間延長して欲しい旨の出願をしたから、右期間の延長は当然許可されるべきものであるので、現在特許権者である旨主張している。しかし、次の理由によつて右主張は失当である。

(一)  原告からは存続期間の延長の申請はなかつた。

原告は昭和十七年六月三日、同年九月二十六日、同年十一月十一日、同年十二月二十六日の四回にわたり、本件特許権の存続期間の延長を出願する趣旨の書面を特許庁に提出したが、右のうち十二月二十六日付の分は同書面に手数料として納付すべき収入印紙が貼付されていないことと出願期間が経過していることとの理由により、またその他の日付の書面はいずれも右印紙の貼付がないことの理由で全部不受理処分をして原告に書面を返戻したから、原告からは存続期間延長の出願はなかつたことになる。

(二)  仮りに右出願書類の返戻が存続期間延長の出願を却下する旨の行政行為であり、かつそれが無効だとしても、その故に本件特許権の存続期間延長が許可されたものとなる理由はない。なぜならば、およそ特許権の存続期間を延長するかどうかは行政庁の自由裁量処分であつて、当該発明が科学技術的にすぐれ産業上稗益するところが大で、かつ存続期間である十五年間に正当な理由によつて相当な利益が得られなかつたとしても行政庁は存続期間延長の出願を許可しなければならないという拘束を受けるものではない。従つて、特許権存続期間の延長について適法な出願がなされ、それに対する許否の処分がなされない間に右期間が満了した場合でも当該特許権は特許法第四十三条第一項に規定する第十五年の期間の経過とともに絶対的に消滅するのである。しかして、行政庁が、かりに怠慢によつて存続期間の延長の出願に対し応答をしなかつたとしてもそのことから逆に特許権存続期間を延長する旨の許可があつたものということはできない。故に本件特許権および追加特許は昭和十八年五月十八日限り消滅しているから、それが現在なお有効に存続していることを前提とする原告の主張は理由がない。

右のように述べた。

立証<省略>

理由

一、まず被告の主張する本案前の抗弁について判断する。

被告は、本件のような訴は国または行政庁に行政行為を命ずる旨の裁判を求めることになり不適法であると主張する。然し乍ら、原告が本訴において被告に求めるところは要するに特許庁長官(特許局長官)のした登録抹消行為の無効確認を求めるものと解することができ、被告主張のように特許原簿に登録して特許権の存在を公に証明する積極的な行政行為を求めるものと解する必要はないから、被告の本案前の抗弁は採用し難い。

二、次に原告の本訴請求について判断する。

原告主張のとおり本件特許権および追加特許について特許の出願、出願の公告、特許査定および登録がなされたこと、本件特許権および追加特許はいずれも昭和十八年五月十八日その存続期間が満了したものとしてその登録が抹消されたことは当事者間に争がない。

原告は現在本件特許権者であるから、違法になされた登録の抹消行為が無効であることの確認を求める旨主張する。そこでまず、原告が現在本件特許権者であるかどうかについて判断する。

(一)  原告は本件特許権者である理由として昭和十七年五月頃と昭和二十七年にそれぞれ延長期間を十年として本件特許権の存続期間延長の出願をしているところ、特許庁長官が故意に存続期間の終了をまつてその登録を抹消した原告主張のような事情が存在している本件においては、当然、存続期間は原告の右延長出願に対応して延長されている旨述べる。

ところで、特許法制の根本主旨は新規な工業的発明をした者に対し私法上の独占的財産権たる特許権を与えて発明者の利益を保護しもつて発明の奨励、技術水準の向上を意図するとともに、他方特許権が排他的性質を有するのでその存続期間を限定し、期間経過後はその発明を公開し一般人の利用を可能にしもつて社会一般の利益、福祉の増進および産業技術の発展をはかろうとするにある。そこで右発明者の利益保護と社会一般の福祉確保との較量において相矛盾する右二つの要素の調和をはかるため特許制度そのものの必然的要求として特許法第四十三条第一項において特許権の存続期間を一律に十五年と定めるとともに一方発明の内容が各種、各様であることから特許権の性質、これを受けいれる社会的経済的事情のいかんによつては右十五年間内に発明の内容を実現し得ない場合を生ずることもあり、せつかくすぐれた発明を促進し、産業技術を向上せしめようとする法の目的にも背馳するに至るおそれがあるので、この間の矛盾を調節する意図のものに同法同条第五項において一定の条件のもとに特許権の存続期間を三年以上十年以下これを延長することができる旨定めている。そして、同項は同条第一項の規定と対比しその法文の形式からも特許権者に当然存続期間延長を受ける権利を与えたものとは解し難いし、同第五項が委任した政令すなわち特許法施行令第一条の規定は単に出願することができる者の資格を定めているにすぎないものであり、他に特権者に右権利を与えたものと解すべき法令上の根拠はない。

そして特許権存続期間延長の出願に対する許可の決定は本来存続期間の満了によつて特許権を喪失すべき出願者に対し、新たに許可された期間だけ恩恵的措置として特許権を存続させる形成処分であるにすぎず、存続期間を延長するかどうかは、さきに述べた特許権者の保護を通じての発明の奨励と一般国民の権利ないし利益との較量においていずれに重点をおくのが国家の政策上適切であるか否かについて判断を下したうえでなされるのである。延長許可の決定がなされない限り、特許権は特許法第四十三条第一項所定の十五年の経過とともに絶対的に消滅するものと解するのほかはない。

勿論、存続期間延長の出願に対し、当該行政庁が恣意によりもしくは違法に不許可の決定をした場合にはその不許可の処分は違法な行政処分として取消又は無効の問題を生ずるであろう。

然し、その故に当然に存続期間が延長されたことにはならない。恣意によりもしくは違法に何らの処分をしない場合も同様である。けだし右不許可処分(何らの処分もしない場合には不許可処分がなされたものとして。)に対しては訴をもつてその違法を主張すべく、違法である旨の裁判が確定した場合でも当該不許可処分が違法であると判斯される結果その処分がなされなかつた状態に戻るにすぎないからである。その結果、行政庁としては前記説示の特許権存続期間延長制度の本旨に則り、恣意を排し、合理的な判断をくだして許否を定めるべく、同一の理由によつては再び不許可をし得ないというに止まり、その場合でも必ずしも当然には許可の決定をしなければならない理由はないことはすでに述べたところからも明らかである。

本件においては原告に対しては本件特許権存続期間延長の許可がなされていないことは原告のみずから主張するところであり、また右許可を与えないことが行政庁の恣意による違法なものである旨の判決を得て原告に延長の許可が与えられるべき機会をつくる方法すら講じていないのであつて、単に本件において原告主張のような事情が存在する旨主張しても何ら存続期間が当然延長されているものとすべき理由はない筋合である。本件訴を抹消処分の無効確認と考える限り延長許可処分がない以上登録すべき特許権が存在しないことは言を俟たず(さきの不許可処分が違法にして当然許可すべきものであると仮定しても)回復によつて保全せらるべき特許権が現存しない点からみて抹消処分を違法であるということはできない。

(二)  以上の理由により原告は現在本件特許権者ではないから、特許権者であることを前提とする原告の本件請求は原、被告のその余の主張につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

三、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 浅沼武 秋吉稔弘)

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